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平均値を取って悪いもの

 最近、何かの中で「**の平均値が**」というような事が出ていた時、私は、「それはおかしい」と感じることがありました。物事の目安を計る基準の一つに、平均値というのがあります。例えば、自動車の平均燃費とか10歳児の平均身長などです。これらは、このあたりの数値で考えて良いという基準ですから、物事を判断する際には非常に参考となる数値です。ただ、本来「平均値」というのは、ボリュームゾーンが中心に近いものに対して使用するものであって、拡散した数値の物に使うものではない事を知らなければなりません。例えば途上国などの平均貯蓄額や平均年収などです。途上国などでは、日本では比較にならないくらいの貧富の差があります。そのごく一部の大富豪の貯蓄を大多数の一般的な人たちも合わせて平均値を取ると、必ず一般的な人たちのボリュームゾーンを超えて数値が出ます。仮に1人が10兆円貯蓄していて、9999人がちょうど10万円を貯蓄しているとします。この合計1万の人達の平均貯蓄額を算出しますとなんと一人平均10億円貯蓄している事になります。たった一人の桁外れの人がいるだけで平均値が中心値からほど遠い結果が出るのです。ですから日本でも例えば貯蓄額の平均値を取るのではなく、貯蓄額の統計を取らなければ、実態が見えてこないという事なのです。
 これは、政府発表の**によりますと、であるとか、日本における家庭の平均**は**です、などの数値については、平均値を示すことによって意図的に誤解を与えるような事が出来てしまうという事です。この数値に関しては、元データを改竄しない限り虚偽ではありませんので、堂々と示すことができます。更にデータというのはその元データをどこで区切るか、またその数値を切上げるのか切下げるのか、四捨五入するのかによっても違った結果が現れるものなのです・・・。

生命保険の支払い免責事由

 先日、ヤフーの記事に出ていた「御嶽山 生保は保険金支払い」という記事に、目が留まりました。これを見てどういう事?と記事を読んでみましたら、私だけが無知なのかも知れませんが衝撃の事実が判明しました。それは、保険金支払いの免責事由に「地震、津波、噴火によるとき」とあるではないですか!という事なので、今回の御嶽山の噴火による被災については免責事由に該当し、保険金が支払われない事もあったのですが、今回は保険会社各社が免責を適用せず全額支払いを決定したという事でした。
 当然に虚偽の申告や、犯罪、故意過失や飲酒運転などによる死亡については、本人に非があるので支払われないというのは理解できますが、自然災害による被災についても支払われない可能性が規定されているのはどうも理解できない部分があります。しかし、実際には、東日本大震災や阪神淡路大震災、新潟県中越沖地震による被災については免責が適用されず保険金が全額支払われたようですので、日本の保険会社各社の柔軟な対応には、今後も少しは安心できそうです。
 いつもこんなことがあって初めて分かることなんですが、自分が加入している保険の内容について、本当は詳しくわかっていないという事です。契約時に渡される物凄く小さな文字が羅列された約款を一体何人の方が読まれ理解されているのか、いや理解している人は殆どいないのではないでしょうか。普通の感覚で考えて保険に加入しているのだから支払われると思っている事でも支払われない事があったり、こんなものに保険金が適用されるなんて思ってもいない事でも支払事由に該当している場合が沢山あるかもしれません。
 しかし、保険を適用するような事が起こらないのが、本当は一番なんですけどもね・・・。

新高校の校名募集

 いよいよ名張桔梗丘高校と名張西高校の統合が本格化してきました。この2校の統合については、平成28年に現在の西高の場所に桔梗高が移転し新たな高校が誕生します。その為桔梗高については来年度から新入生を受け入れしないため、最終の卒業生は在校生に見送られることなく卒業式を迎えることになりますので、生徒達には寂しい卒業式にならないよう、県職員や教職員の方々には切にお願いしたいものです。
 そういう私も実は桔梗丘高校の第11期の卒業生です。そして地元で生活している関係もあり現在、桔梗高の同窓会役員をさせていただいています。そんな中で、合併する2校の校名を決定するための選定委員として同窓会代表として選出されましたので、先日選定委員会に参加させて頂きました。その会は有識者の方の委員長をはじめ、副委員長の商工会議所会頭や伊賀名張の教育委員長・小中学校長会代表・PTA連合会代表、両校校長・PTA代表・同窓会代表など私がまず普段お会いすることのない方々との会合の中で会議は行われました。
 そのお知らせをここで行いたいと思います。校名については一般応募で誰でも参加できFAX、はがき、Eメールの3通りで応募できます。一つの応募に対し1案のみですが、何通でも何通りの方法でも応募できます。期間は平成26年9月22日から平成26年10月21日迄。送付先は下記です。是非相応しい名称をご応募ください。
・記入事項    ア 校名案
         イ その理由(簡単な説明)
         ウ 応募者の名前、住所、電話番号

・はがきの場合 :〒518-0476 名張市百合が丘東6-1
         三重県立名張西高等学校内 名張新高等学校準備事務局 宛

・FAXの場合 :名張新高等学校準備事務局 宛て
         FAX 0595-64-1602

・Eメールの場合:nabari-shinko@nishiko.ed.jp

・県関連HP    http://www.pref.mie.lg.jp/SINGI/2014090281.htm

近畿不動産販売CM

 私事ですがようやく最近、近畿不動産販売のCMの事を良く聞かれるようになってきました。今CMをさせて頂いているのは、アドバンスコープさんとFMなばりさん、伊賀ケーブルTVさんです。このCMは当初の構想段階から「不動産や会社には全く脈略のなくて良いので、兎に角インパクトのあるCMを制作したい」とアドバンスコープさんと制作会社さんに無理を言って、構想と制作を合わせて2年近くもかけて制作していただきました。当然それだけの気合が入っていたので制作費用も当社なりに奮発して制作させて頂きました。このCMの目指すメロディーはずばり「タケモ●ピアノ」さんのCMです。それは子供たちがほかの事に気を取られていてもそのCMが流れれば、皆がTVにくぎ付になり、そのうち普段でも子供たちが口ずさむようなメロディです。当初制作会社さんは、そうはお願いしても「不動産」や「家」「住宅」などのフレーズやナレーションを入れて提案されていましたが、ことごとくNGを出していましたので、かなり嫌われていたと思います。そんなNGを何十回も出し続けていたある日、制作会社の方が何かが吹っ切れたようで、いきなり今のCMの原稿と歌を提案されてきました。それを聞いて「これで行きましょ!」と即決しそれからはトントン拍子に制作が進んでいきました。当初の提案では、演歌歌手の方がこの歌を歌うという設定でしたが、それではあまりインパクトもないと考え、一般応募の子供たちに歌ってもらうことにしました。撮影当日までどんな歌を歌って頂くのか親御さんは勿論、何も知らされていなかった子供達でしたが、良くできたお子さん達で短時間で撮影は終了しました。
 そのCMは
 「じーちゃん入れ歯が外れて~、ばーちゃん腰抜かす~、父ちゃんちゃぶ台返しても~、きんきふどうさん~」という全く意味のない歌詞です・・・。 

奇跡の星

 先日何気なく考えていたことで、地球ってすごいなと思いました。何を唐突に、とお考えだと思いますが、よくよく考えてみますと、本当に地球って奇跡の星だなと感じます。と言いますのも、宇宙では一番近い存在の太陽系の星で考えますと、太陽に一番近い水星などは、自転と公転の周期がほぼ同じで地球でいう一日は水星では176日もありますので、昼に約90日、夜に約90日あり、最低気温は約-180℃、最高気温は約430℃で大気がないという環境です。地球に近い金星でも成分の違う大気はあるようですが500℃に達する気温で、また一番太陽から一番遠い海王星は約-220℃というとても生物が生息できる環境ではありません。(なぜ一番遠い惑星が冥王星でなく海王星としたかですが、最近冥王星よりも大きな惑星も見つかっており、今では準惑星という定義になっているためです。)そんな中で、地球だけは平均気温15℃、生物が生存するのに必要な大気が存在し、表面積の約7割が生命の源である海です。もしこの環境が少しでも違えば、もし、地球がもう少し太陽に近かったら、地球上に生物が存在することもなかったわけですから、今このコラムを書いている事もまた、皆さんが読まれている事もなかったわけです。そう考えますと、地球って奇跡の星だとお分かり頂けると思います。
 そんな奇跡の星を、地球上の生物の中で「人間」という生物だけが汚染をしています。バクテリアや細菌は人間にとって厄介なものもありますが、地球にとっては必要なものです。食物連鎖や種の保存は人間が活動することによって崩れていきます。今や日本国内では見られない南の島の澄み切った海や空は、人間が文明的な生活を送る前にはどこの海でも空でも見られたはずです。そう考えますと、これから人間はどうしていかなければならないのか、自ずと解ってきそうなものですね・・・。 

従軍慰安婦問題

 それまであくまでも疑念であったことを、確信のように報道し、今では日韓の外交問題に発展までしている日本軍の従軍慰安婦について先日、その報道を行った朝日新聞がその報道の真偽に関して、偽りであったとするお詫び文を紙面に掲載しました。これに関しては過去の出来事ですので、今となっては真偽の確認が非常に困難な事柄であることは明白です。ただ、朝日新聞がなぜ今になってそんな報道をしたのでしょうか?今まで、韓国の大統領や国民、当事者であった女性の発言などで、日本がどれだけ非難されてきたことかは皆さんご存知の通りです。もしその報道をもっと早い段階で検証を行い、過ちを認めていたなら、ここまで非難されることはなかったのかも知れません。しかし、それを良く考えてみますと、もし朝日新聞が認めたように本当に事実の捏造だとすると、韓国のメディア、国民、当事者や大統領は、なぜあそこまで日本を批判できたのでしょうか?やはりそれは事実としてあった出来事なのでしょうか。それとも、何かしら私のような一般人にはわからない、とてつもなく大きな力が働いているからなのでしょうか?
 考えれば考えるだけわからなくなってくる出来事ですが、これについてはもう一つ理解できないことがあります。それは、この事実があったのか無かったのかという問題は別にして、これだけ国際問題まで発展している出来事の原因を作ったといっても過言でない記事の訂正を行っているにもかかわらず、相変わらず日本のマスコミは誰と誰が付き合っているとか、どうでもいいようなことを長時間報道しているにも関わらず、このコラムを書いている8月7日にはこんな重要な大問題をほんの少ししか報道しないことです。
 どうしてなんでしょう?もしかしたら、このことも私にはわからない何か大きな力が働いているからなのでしょうか・・・。 

真夏日と猛暑日

 夏も盛りになり、とても蒸し暑い日が続いています。蒸し暑いだけでなく最近の気候は、なんかおかしなことになっている事が多く、今年の初夏には日本の中で北海道が一番暑いことが数日ありました。そう思うと、最近では近畿や首都圏よりも沖縄のほうが気温が低いときもあり、「沖縄に避暑に行く」などと冗談にならない現実があったりします。そんな現象というのは温暖化にも関連しているのか調べてみましたが、そこはちょっとわかりませんでした。それとは別に気になっていることがありまして、それは私が学生の頃は、気温が30℃を超える真夏日はそんなに多くなかったような気がしましたので調べてみますと、当時から平均気温は1~2℃程上がっていました。しかし体感では平均気温が1~2℃あがった程度には到底思えないので、1980年代の10年間と2013年までの10年間の30℃を超える真夏日の日数を比べてみましたら1980年代は422日で現在は566日と約1.3倍になっていました。更に35℃を超える猛暑日も調べてみましたら、1980年代は11日なのに対し、現在はなんと56日と約5.1倍もの猛暑日がありました。この数値をみれば明らかですが、30年前の平均気温は1~2℃低かったと聞けばそのくらいの違いしかなかったのかなと疑問に思いますが、猛暑日の日数が5倍以上になっているという事を踏まえると、ものすごく暑い日が5倍になったわけですから、平均気温どころの体感の違いではない事が明らかです。
 これを調べてやっぱり自分の感覚は間違っていなかったんだと変に自慢しそうになりましたが、良く考えてみますと温度の変化もそんなに大したことでないように思っていましたが、猛暑日の日数の違いを比べてしまうと、これからホンマにどんだけ暑くなっていくのだろうかと心配になってきました・・・。

黙っていられる関係

 よくカップルや夫婦がお店などで何も話さず黙々と食事をしている場面や電車の車内で寝るでもなくただ黙って双方がじっと前を見つめている光景などを見かけると、何かしら冷めた関係に見えたりします。男性よりも女性のほうが比較的お話好きの方が多いように思えますので、その女性も何も話さないというのはどうしてもそう見えてしまいがちです。そんなことを考えていたある日私はふとしたことに気づきました。それは、車の車内や電車の座席、待合室や応接室などある程度の時間その場にいなければならない状況の中で、あまり気心の知れていない知人や、取引先の方、逆にあまりにも近いがそんなに話をしない親や兄弟などと一緒にいるときに、何を話していいかわからない中で話題が尽き、無言の時間だけが流れて結構気まずい雰囲気になったことなどです。気心の知れない知人や取引先の方はまだわかりますが、これは私だけかもしれませんが親や兄弟と一緒の時も結構気持ち悪い空間になったりします。なのに夫婦というのは、例えば遠出する車の中で2時間くらい黙ったままの状態でも、家でソファに座って黙ってTVを何時間も見ているとき、その状況に何も感じず何も思わない事に「気付きもしていない事につい先日気付き」ました。これは瞬間的にある時私が見ていた他人の夫婦やカップルの状況と同じです。しかし、常に黙ってばかりなのかと言いますとそうではなく、話をするときにはちゃんと話をしていますので、黙って一緒にいていられる関係というのは、常に話をしていなければならない関係などよりも、遥かに信頼関係が構築されていると言えるのではないでしょうか。
 そんなもっともらしいことを言っていますが、決して夫婦間で話をしなくても良い様に思っている訳ではありませんので・・・。

誰にも盗まれない財産

 5月初旬に放映された池上彰さんがキャスターを務める「世界を変えるTV」という番組がありました。友人のいじめを無くすために取ったピンクシャツを着るという行動が全米でいじめ撲滅のキャンペーンのシンボルになったり、6歳の子供が難病の友人を救うために作った絵本が世間を巻き込み、募金の目標額100万ドルまであと少しというところまで到達した出来事など、最初は子供がとったほんの小さな行動や思いつきが、やがて世間の関心を集め、一人では決して成し得なかった結果をもたらすという、世間もまだまだ捨てたもんじゃないなと思わせる内容の番組でした。その中の一つにフィリピンのスラムで育ったエフレンという青年が行っている活動の紹介がありました。彼は自らがスラムから抜け出すためには教育を受け、しっかりとした働き口を確保することが重要と考え、貧しいながらも学校へ通わせてもらっていました。しかし、ギャングたちはそれを良く思わず仲間に誘っても入らないエフレンに殴る蹴るの暴行を加えていました。そんな絶望の日々の中で次第にギャング達に対し復讐の念が募ってきます。普通であれば暴力には暴力での復讐を考えるところですが、そこで16歳の彼の取った行動は幼い子供たちに教育をするという行動です。つまりギャングに復讐するためにこの国からギャングを作る悪循環を断つという事です。手押し車で週1回の教室を開くことから始め、今では100名を超えるスタッフや70台の手押し車、そしてフィリピン国内にとどまらずケニアやインドネシアの貧困地域での活動など、確実にその意志は広がってきています。
 そんな彼がインタビューの中で語った一言は、ハンマーで頭を打たれたような衝撃を受けました。それはスラムで過ごした彼だからこそのこんな名言です。
 「教育というのは誰にも盗まれることのない財産である」と・・・。

女性議員セクハラ問題

 先日都議会で女性議員に対するセクハラ発言が問題となっていました。彼女の酷い過去は過去としても発言の内容を見ますと確かに問題になる発言でしたので、当然な成り行きと言えるでしょう。この発言者は自身の発言に対し、政治家として、また一人の大人としてしっかりと責任を取るべきだと思います。しかし、こういった議会での失言問題や議会の様子を見て、私はいつも違和感を覚えずにはいられません。
 まず議会というのは、民の代表である議員の先生方が、その民の為に一生懸命に議論を交わし、より良い環境をつくっていくという非常に大事な「会議の場」です。その会議の場では、定例の議会の他に**委員会などの名目でその詳細な内容に対して活発な議論が交わされる筈なのですが、現実には例えば「予算委員会」と謳った委員会では、予算に全く関係のないある議員の個人的なスキャンダルに対して追求し、それがはっきりするまで予算に対しての議論を交わさないという事を平然としています。また、定例の議会でも、委員会でもそうですが、代表の議員が発言している際に、あちらこちらから発言者の意見を遮るくらいのヤジが飛んできます。これ、おかしくないですか?一般人の私の感覚からすれば、予算について議論しましょうという場で誰かが全く関係のない話題を出して来たら、まずは議題を議論してから後でそれは違う場で議論しましょうとなりますし、ましてや一般の会社で会議している際に、発言者の意見を遮るような意見でなく「ヤジを飛ばす」行為が許されるはずがありません。こんな普通に気づく筈の事を、彼らは幼少の頃から教育されてこなかったのでしょうか?
 そんな一般とは違う感覚の方々が運営している議会というのは、果たして一般の我々の生活を守るための議論ができるのか、甚だ疑問です・・・。