カテゴリー別アーカイブ: 2010

生まれた意味って何だろう?3

 

 またまた前々回からの続きです。
 今回は、その講演会のミニライブを行った「光と風 Hi-Fu」という双子のデュオが歌う
 曲の歌詞です。
 要らぬ説明はしませんので 何かを感じていただければ幸いです。
 これは昔ある国で行われた悲しい実験
 たくさんの捨てられた赤ちゃんを使った悲しい実験
 Aグループの赤ちゃんはミルクをあげる時 必ず抱き上げ声をかけ目を合わせ愛情と共に
 ミルクを与えた
 Bグループの赤ちゃんは絶対に抱き上げず声もかけず目も合わさず触れる事もなくただただ
 ミルクを与えた
 愛を与えて育てた子供と 愛を与えずに育てた子供はどう違うのかという悲しい実験
「実験は失敗した」
 なぜならば 愛を与えずミルクを与えた赤ちゃんは
 みんな大きくなる前に 亡くなった
「実験でわかったこと」
 人は食べ物や飲み物だけで生きているのではなく
 愛によって生かされている
 つまり今生きているということは誰かに愛されたから 
 誰かが声をかけてくれたから生きている
 誰かが抱きしめてくれたから生きている
 誰かが微笑んで誰かが愛してくれたから生きている 愛の深い両親の元生まれてくる人もいれば
 両親がいても仕事が忙しくて愛された記憶がない人もいるだろう 
 片親の人もいれば両親がいない人もいる
 与えられた愛の量もそれぞれ違う
 でも今生きているということは 必ず誰かが抱きしめてくれたから
 それはお父さんか お母さんか おばあちゃんか おじいちゃんか 近所の人かお姉ちゃんか
 お兄ちゃん 仲間かもしれない
 次は自分が誰かの命を繋ぐことが出来る
 自分が声をかければ 背中をさすってあげれば 微笑みかけてあげれば 多くの命を救う事が
 出来る
 - 中略 -
 声をかけること触れること微笑むこと 愛す事を意識して生きてみよう
 それは人にだけじゃなく 木や花や大地に対しても
「愛によって生かされている」
「誰かが愛してくれたから生きている」
 人が紡ぐ愛のことば・・・。
 

生まれた意味って何だろう?2

 前回の埼玉県大宮市で参加した「生まれた意味って何だろう?~生まれる・笑う・亡くす・許す~」の続きです。今回は池川明先生という産婦人科の医師で「胎内記憶」について独自に研究されている先生の講演からです。
「胎内記憶」というのは、今から10年前位までは、その言葉すらなく、未だ辞書にも載っていない、科学的に実証されていない事柄ですが、先生が研究を重ねれば重ねるほど、胎内記憶のある幼児の発言と、事実との合致が証明され、いよいよその分野も本格的に研究がなされていきそうな気配を感じます。ただ、現在のところ医師としてその胎内記憶を研究し、出版しているのは池上先生くらいですのでまだまだかもしれません。その池上先生曰く、成人で胎内記憶がある人は100人に1人だそうですので、少し探せばそういう記憶を持った人がいるはずですので一度周りの人に聞いてみては如何でしょう。
 まあ確かに、何年前からか胎教は重要であると言われ始めてきていますし、講演で聞いた妊婦の子宮にマイクを入れて録音した音は、かなりはっきりとお母さんの声やお父さんの声が聞き取れましたので、赤ちゃんに聴覚や感覚があれば、感じ取れるはずだと思いました。しかし、胎児以前の「魂」の段階での記憶もあるらしく、その子に生まれてきた目的を問うと、例外なく「人のため」で、「お母さんが泣いていた」とか「家族がばらばらだった」という理由が挙げられています。そう考えますと仲の良い夫婦には子供が出来ない理由も頷けます。また、「魂」段階でいた状況を全く違う子が全く同じ絵を描いたり、順番を飛ばして生まれに行った子がすぐ戻ってきた話などは、本当にお母さんが流産していたりと、現実離れした不思議な話もありました。
 でも、科学で解明できることよりも、できないことの方が多いのは確かですから、何が本当なのか分りません・・・。

生まれた意味って何だろう?1

 毎週水曜日は会社の定休日ですが、定休日に祝日が重なりますと出勤となりますので、私たちは基本的に年末年始やお盆以外の土日祝日は仕事をしています。しかし11月3日(水・祝)は普通でしたら仕事の筈が、この時期はたまたまお客様の数も少なく、皆もあまり休めてなかったので、休みにしようと提案があったので休みにしました。すると以前、あるメルマガで案内があり、わたし的に興味を引いた講演会がたまたまその日に開催されることを思い出しました。しかし会場は埼玉県大宮市。車で片道6時間という遠方でしたが、こういった催しは土日や祝日にしか開催されることが無いので思い切って日帰りで参加することにしました。そのイベントは、自分が同性愛者であることをカミングアウトした山本英利さんという方がリーダーを務めるチーム「まさか」が主催したもので、主題は「生まれた意味って何だろう?~生まれる・笑う・亡くす・許す~」というものでした。往復12時間かけて3時間の講演を聞いたわけですが、参加してみて本当によかったと思えるものでしたので、これから3回に分けてお伝えします。
 まず、主催者の山本英利さんですが、彼は幼いころから「男に生まれたのに男が好きで、生まれた意味なんて分らなくて、生まれた意味なんてないと思ってて…。」といった悩みをずっと抱えていた中で、その体験談を色々と話されていました。そんな中、「幸せ」というのは「辛い」と横文字一本しか変わらない事をこう話されていました。「幸」という漢字は「辛」が無ければ成り立たない。とすると「辛い」事がなければ、「幸せ」はないんだと。だから今「辛い」と思っている人は、その「辛さ」が多ければ多いだけ「幸せ」も比例して多くなる。だから今のその「辛さ」は「幸せ」を感じるための大切な事なんだと思いましょうと・・・。

不景気

 エコポイントやエコカー補助金の特需が終わり、市場は一段と不景気の流れが増しているように思えます。リーマンショック以降に始まった世界的な不景気は、未だにとどまる事を知らず、日本においては、さらに追い打ちをかけるかのような諸規制の強化などの影響で、大手消費者ローンや銀行の破綻など、今後どうなっていくのだろうという不安だけが残ります。そんな不景気というのは、何が原因なのかはよく言われてるように、物が売れない⇒市場に資金が出回らない⇒企業経営が安定しない⇒雇用が安定しない⇒生活が安定しない⇒購入を控えるという負の循環から起こります。
 ですから景気を良くする為には、その負の循環のうちどこか一ケ所でも好転させれば解決できるはずです。それには、これは完全な私の想像ですが、すべての国民が市場にお金を流通させれば景気が良くなると「心から信じ」、レジャーや物品の購入を積極的にすることではないかと思います。これは一部の人や、自分一人だけでやっても効果がありません。日本国民、いや全世界の人が同じ思いで一斉に行えば、必ず景気が持ち直すはずです。それは為替や株を参考にすれば分りますが、例えば政府が景気策の一環である施策を発表するだけで、関連する株が軒並み上昇します。それはその情報が真実かどうかというところは関係なしに、投資家がこの株は上がると投機するから株価が上昇するのであり、ここは危ないという情報が入れば実際には危なくても一気に株価は下がります。
 そう考えますと、景気というのは大企業や、政府の責任であると考えがちですがそうとは限らず、世の中の経済活動の入口となる「消費」という一番大きな要素を担っている国民一人一人にも大きな役割があると考えれば、今からやるべき事を考える必要がありそうです・・・。

過払い利息の返還請求

 今年6月に、改正貸金業法が施行されてから数カ月経ち、大手消費者金融の破綻などがありましたが、幸いにも私の周りには心配されていた資金繰りの悪化による個人の破綻や零細企業の破綻などは今のところありません。確かに年収に対する借入額の制限やグレーゾーンであった上限金利の引き下げなど、現在も社会問題になっている多重債務者の発生を抑えるためには重要な施策だと言えます。ただ、何事でもそうですが、一つの問題を解決するために何かを規制した場合、想定していなかった新たな問題点や、その規制をかいくぐるやり方などが発生し、規制した前よりも規制後の方が悪くなった事例もあります。それは本来、こういった自己責任の範疇で行うべき事柄を、国として制限しなければいけない状況になること自体が不自然なのであり、それを規制しようとするから別の問題が発生するのだと思います。
 最近もう一つ気になっていることで、「過払い利息の返還請求」というのがあります。これは最近、TVや新聞、電車の中吊り広告などで「支払いすぎた金利を取り戻しましょう」と弁護士事務所などが大々的に宣伝をしています。これは一見すると、法曹界の人々が社会的弱者である消費者を悪徳金融業者から救ってあげましょう、的な構図に見えますが、果たして本当にそうなのか私は疑問です。ここからは完全に私見ですが、確かに悪徳金融業者に騙された場合など、救済の理由がある人は別です。しかし、あくまで自分自身が納得の上で借入をして目的を果たし、そして既に完済している人にまで払い戻しをする理由がどこにあるのでしょうか?実際にこの制度の適用の多さが最大手消費者金融会社が破綻した一つの大きな要因にもなりました。
 最近の世の中は、消費者が不必要なところまで守られすぎのような気がしないでもありませんね・・・。

タバコの値上げ

 10月1日よりタバコが大幅値上げされました。これを機会に禁煙される方も多くいらっしゃると思います。以前もコラムに書かせていただきましたが、私も4年くらい前までは一日一箱位を毎日嗜んでいました。4年前に止めましたので、吸い始めてからかれこれ18年くらい吸っていましたので、一日一箱としてそれまでに約6500箱、平均一箱280円として総額で約180万円も使っていたことになります。そう考えますと、タバコは健康には悪いわお金はかかるわで良いことが何もありません。更にこの止めた4年間で約1500箱、平均一箱300円として約45万円ものお金が節約できて、しかも毎朝歯磨きで「オウェッ、オウェッ!」と吐き気を催さずに済んでいますので、一石二鳥の良いことずくめです。
 ですからこんな良いことずくめの禁煙は私だけにしておくのはこれは勿体ないと、周りの人にも勧めるように考えました。まずは、一番近い人たちである、うちの会社で働いていただいている人からです。考えてみますと不動産を除く会社の方々は誰も嗜んでいないので良いのですが、この不動産で働いていただいている方々は、なんとその全員が喫煙者ということがわかりました。そうなりますと、社員の方の健康や経済状況を経営者である私が考えなければならないことは明白で、何か対策を取らなければと考えた禁煙策を9月に発表しました。
 それは、これから禁煙を宣言した人には、1カ月禁煙できれば禁煙手当として月額1万円支給。禁煙を続ける限り向こう一年間は手当てを支給。途中で断念した場合は、その月は支給しないが、次月より再チャレンジが可能で、当初期間より1年間経過時まで何度でも再チャレンジ可能。
 何事も辛く行うのではなく、楽しんでメリットがある事を考えていくようにすることが重要だと思います・・・。

郵便制度悪用事件

 少し前に大阪地検特捜部の主任検事が、事件の証拠書類の改竄をしたということで事件となり、社会的関心が寄せられていました。確かに事件当事者にとって、その事件が有罪なのか無罪なのか、いやそれ以前に起訴すべき事件なのか、不起訴なのかという、まさに最後の関門ですから、そんなところが証拠の改竄を行ったら、いったい国民は何を信用すれば良いのか分らなくなりますし、私も当然にそう思います。ただ、この事件を知った時の私個人としての率直な感想は、「まあ、そういうこともあるやろう」という半ば諦めのような気持ちでした。
 これは本当に私見ですが、絶対的な権力や人並み外れた能力で仕事をしている人は、当初どれだけ高い志があっても、周りの待遇や評価が高いほど、その立場の失墜や、評価の下降を強く避ける為に不正を働く人も中には存在すると思っています。しかしこんな事件は根絶すべきなのは当然ですが、人間社会であるがゆえに、決して根絶することのできない事件かもしれません。
 しかし、個人的にはこの事件よりも、その元になった村木局長の郵便不正事件の冤罪に関心があります。これも完全な私見ですが、今までの女性の社会犯罪の多くは、男性が関係した金銭の搾取だったり、人の殺傷だったりする事件が多く、男性と違い女性で社会的地位などを得た人が、自身の為に賄賂や不正をするのを聞いたことが無かったからです。男性は後先考えず今現在の快楽や利益を求めて不正を行い、自身の立場を追われる羽目に陥りがちですが、女性は自分が望んで得た立場というのを非常に大事にする傾向があるので、目前の利益や快楽よりも、それを選択する事により失脚するデメリットを考えて行動するように思えるからです。
 そう考えますと今の日本のような未だ男性社会を女性社会に変えていけば、不正が少なくなる?のではないでしょうか・・・。

お金持ちの中国人

 皆さんも絶対に実感として感じておられると思いますが、最近急激にどこの観光地やどこのホテルへ行っても、必ずと言っていいほど中国の方に出会いますし、日本語に併記してハングルと中国語の案内があったりします。今までは、京都や東京などで海外の方、特に欧米人を見ることがあっても、なかなか地方の観光地などでアジアの方と出会うことが無かったのですが、これは急激な社会の変化の現れです。理由として中国人の日本への渡航の制限が緩和された事だと言われていますが、中国の貨幣価値は以前に比べて上がったとはいえ、日本の物価とは比較にならない水準です。例えば、エコノミストの間で各国の物価を比較する基準としてよく使われる「ビックマック指数」で比較しますと、2010年の中国の指数が1.83ドルで日本は3.50ドルです。これが正確な基準とは言い切れませんが、一つの物差しとして用いるとすれば、中国の物価は日本の半分ということになります。それを踏まえれば、いくら渡航基準が緩和されたといっても、物価が倍もする国へ簡単には行けるものではありません。ましてや緩和された対象が年収25万元(約330万円)から6万元(約80万円)に引き下げられたみたいですが、仮に日本で暮らす年収80万円の人が、家族全員で「物価の倍のする海外への買い物旅行」へ行くことができる家族が果たしていったいどれくらいいるでしょうか?そう考えますと、実際には年収を基準に考える以上に、中国では潤沢に資産がある人が多いと言えると思います。
 これだけに焦点を当てますと中国が共産圏ということを忘れてしまいますが、その反面、大多数の都市部以外に生まれ育った人達などは、例え夢を持って大都市に移り住み、どれだけ頑張ったとしても市民権すら得られない、また成功を掴み取るチャンスすら与えられない、そんな制度もあるようです・・・。

裁判員裁判

 裁判員制度が2009年5月に施行されてから1年が経過した2010年5月までに、既に約600件の裁判員裁判が実施されたようです。その、約600件の裁判中、有罪が約580件と圧倒的多数で無罪が0件、その他20件という結果でした。その中でもし自分が裁判員の候補に挙がった場合、例えば重要なプロジェクト中や、時期的にどうしても参加できない場合や、家族の介護、自らの疾病などによって参加できない場合、皆どうしているのか調べましたら、なんと裁判員の候補に挙がった約半数の方が、何らかの事由で辞退されていました。施行前の説明では相当の理由が無い限り辞退できないと言っていたので、ある意味裁判所の柔軟な対応に驚きでした。
 そんな中先日、裁判員裁判で初めて有名人の裁判が行われました。その「有名人」という一種の特殊な環境にいる人の裁判というのは、特に注意しなければいけないとマスコミは叫んでいます。それは裁判員がその有名人のファンであれば、正確な判断ができないというのです。確かに熱狂的なファンであれば正確な判断からはかけ離れるでしょうから、周りから見てそう判断される人は除外すべきだと思います。しかしそのラインをどこで引くのかが難しいところで、例えファンだったとしても殆どの方は、そんなに熱狂的なファンではないので、周辺調査しても白か黒かという判断はできないでしょうし、天涯孤独な方ならば周辺調査すら無駄なことです。よく考えてみれば一般人でも被告が非常に良い印象を裁判員に与える人は、非常に悪い印象を与える人より有利に働くように思えますので、極端なケース以外は結局あまり気にすることもないのかもしれません。
 そう考えますと、有名人は普段から好感度の人は別として、印象の悪い人は今から好感度を上げないと不利です、って別に犯罪を犯さなければいいんですけどね・・・。

幼児置き去り事件

 東京都足立区の民家で、生存していれば111歳の男性のミイラ化した遺体が発見された後、厚労省が各自治体に高齢者の所在確認の指示を出してからというもの、連日白骨化した遺体が発見されたニュースが飛び込んできます。ごく普通の生活を送っていると思っている私には、ちゃんとした死後のお見送りをしないどころかその放置行為自体が、信仰がどうであろうと、年金の受給がどうなろうと、おおよそ人間の感覚からはかけ離れた神経としか思えません。
 よく考えてみてください。人体が腐敗して白骨化するということは、冷蔵庫で魚や肉が腐敗臭を放つのとは訳が違い、いくら痩せ細っていたとしても、30キログラム以上の肉や骨や内臓の塊が腐敗臭を放つわけですから、想像を絶するほどの悪臭が放たれるはずです。その「腐敗体」と化した身内と共に一つ屋根の下で暮らすことは、どれだけその亡くなった人を愛していたとしてもまず私には無理です。
 百歩譲って、前述の方々は寿命や病気また、ご自身の意思でお亡くなりになられた後のお見送りを身内が行わないという、いわば「消極的」な行為と考えれば「極悪非道」な行為とは言えませんが、同じ消極的な行為でも大阪市の西区で発生した幼児置き去り殺人に関しては、幼児に食事も与えず部屋から出ないように扉に目張りして1か月も放置するという、それこそ人間として「極悪非道」な行為は記事を読むたびに、その女に対する怒りと幼児がどれだけ辛かったかを思う悲痛な悲しみに襲われます。例えは悪いですが、犬以上に自らの生命維持に関して保護者である母親にしか頼ることのできない幼児に何もせず放置する行為というのは、個人的には殺人以上の罪の重さを感じられずにはいられません。
 しかし身勝手を通り越したこんな事件が続く現代には、その予備軍が相当数いるような気がしてなりません・・・。