カテゴリー別アーカイブ: 2003

梅雨

 今年も梅雨の時期に入り、鬱陶しい日々が続いています。こんな時期は早く過ぎてもらいたいものだと、私を含めてほとんどの方はお思いでしょう。よく言われることですが、こんな時期に車の洗車をするのはとても難しく、「今日は洗おう」と思った次の日には必ず雨が降るものです。
 よく考えてみると、この梅雨の時期に洗車するということは、
「雨が降る」→「車が汚れる」→「また降るかもしれないのでそのままにする」→「何日か降らない」→「洗車する」→「雨が降る」 と雨の降る直前の周期にあわせて洗車しているからどうしても「洗車したら雨が降る」ことになるのでしょう。
 こんな春夏秋冬のある日本の四季は、梅雨が来れば鬱陶しく、夏が来れば暑さに嫌気がさし、冬が来れば寒さに凍え、とその時期にはとても嫌なものですが、その嫌な時期の間には緩衝材としての春・秋がありそれらの嫌な時期を忘れさせてくれます。
 よく言われることですが、世界を見渡してみると、そんな四季を享受できない民族が大半を占めている中、日本という国の民族はすごく恵まれているとも言えます。しかし逆に考えて乱暴な言い方をすれば、赤道近くに暮らしている人々や、極点近くに暮らしている人々は、服装や住居、食事の管理等を一つの気候に対応するだけでよく、日本の人々は季節ごとにその季節に合った要らぬ準備を強いられているともいえます。
 「隣の芝は青く見える」とはよく言ったもので、人はどうしても自分の置かれている立場や状況を他人より悪く思いたい様で、他人のいろんなことが羨ましく思えます。よく「お宅のご主人はよく家事を手伝ってくださってよろしいですね。うちの亭主は何にもやってくれないんですよ。もうゴミ同然ですわ。」等と井戸端で話されていることがありますが、恐らくどのご家庭でも多少の違いはあっても、それこそ「ドングリの背比べ」で良いところもあれば、悪いところもあるのではないかと思います。
 そうは言っても諦めてしまうと、そこからの進歩や進展は望めなくなるので、「より上」を目指すことは非常に重要なことであるとは思います。
強いて言うとするなら「文句は最小限に、努力は最大限に」ですか・・・。

携帯電話

 「明日、会おうか?」「そうしよう。」「どこで何時に待ち合わせする?」「昼過ぎにまた電話するわ。」「その時間は、大阪にいるから電話ちょうだい。」「わかった。じゃーまた明日。」
 こんな会話がごく普通に日々行われています。これは携帯電話の普及により成し得た技の一つであり、ほんの10年前の携帯電話がまだ普及していなかった頃には「道頓堀で5時に待ち合わせやから遅れたらアカンで」という具合に打ち合わせをしっかりとしなければいけない状態でした。その為、相手が遅刻しようものなら先に到着した人はその場所を動けず、来るのをずっと待ってなければいけなかったのが、今は携帯電話があることにより、遅刻の連絡はもとより、待ち合わせ場所の決定はその時点でできるようになりました。そう考えると時間の有効利用や便利になった反面、待ち合わせ時間や約束事を守るという意識が低くなってきているように思えます。
 現在の最先端技術の進歩は、人々が便利に、快適に過ごせるようになってきている反面、心が無くなってきているとよく言われますが、分かっていながらも人間は一度慣れてしまうとなかなかその快適さから離れられなくなってしまうものです。
もし今、携帯電話が一斉に使えなくなったら、どれだけ不便になるでしょうか? もし今、経済活動を支えているあらゆる機器がストップし、コンピューターや通信網などが使えなくなったらどうなってしまうのでしょうか?日常生活はまだ我慢できる範囲としても、銀行決済機能の停止や、物流システムの混乱など、考え出したら恐ろしいでは済まない状況になることは明らかです。
私のような一般庶民は、そうならない事を願うだけですが、それらのシステムを支えている人達には多種多様な事故・トラブルを想定して危機管理をしてほしいものです。
 しかし、人間というのは野生動物のように「第6感」で危険察知が出来なくなっているようで、自然災害や人的災害等すべてにおいて機械に頼っている状況です。
 そんな人間は、地球上で一番弱い生き物なのかもしれません・・・。

珈琲

 「朝目覚めると、寝室の出窓から朝日が差込み、小鳥のさえずる声が聞こえてきます。キッチンからはドリップしているコーヒーの香りが漂ってきて、さわやかな朝のひと時が始まります。」
 こんな映画のワンシーンのような朝を迎えてみたいものですが、現実的には、せわしなくバタバタした朝を迎えることがほとんどです。しかし、そんなシーンには「珈琲」というアイテムは欠かせないもののように思いますが、私の場合「珈琲」というものがどうも体に合わないらしく、飲んだ後は胃の調子が悪くなります。でも、コーヒーを点てているあの香りは非常に魅力的で誘惑されるのですが、その誘惑に負けて飲んでしまうと、昼食まで「気持ち悪ぅ」という結果になります。
 「珈琲」というものを来客時に差し出すと、なぜか「お茶」を差し出すより、その客人に対して歓迎しているというか丁重に扱っているという雰囲気を醸し出しますが、出していただく相手の体に合わない場合は、非常に苦しい時間を過ごす羽目になります。
しかし、「珈琲」を出していただく相手の方のご好意がすごく良く分かるため、残してはいけないとの思いから、私はすべて飲み干すことにしていますが、あまり早く飲み干すと「あ、もう一杯入れますね」と更に状況が悪くなることもありました。
これは、「お酒」についても同じことが言えると思います。特にお酒を振る舞う機会というのは、客人を歓迎している場合が多く、相手の方の好意がすごく伝わります。私自身はお酒を人並み程度に嗜むほうなので、勧められれば快くお受けしますが、珈琲と違い本当にお酒を受け付けない体質の方は、非常に嫌な経験を何度もされていることでしょう。
 一昔前と違い、最近はそういった体質の方も認知されるようになり、ある程度はお断りを入れらるようになってはきましたが、なにせ相手は酒を飲んで酔っているわけですから、そういった気遣いもどこかに飛んでいき「まあ、飲め飲め」となることも多いでしょう。
そんなゲストとオーナーの関係で、自分がゲストの時にその接待が「ちょっとしんどいな」と思っていても、オーナーになった途端、「まあ、どうぞ どうぞ」となってしまうのは、そのゲストに対する「好意」から来るものや「見栄」から来るものまで様々です。しかし、どちらにせよ相手の方の立場に立って物事を考えることは、非常に重要なことではないかと思います。
 私も一度、接待方法や振る舞いの仕方を見直してみようと思います・・・・。

名張駅

 つい先日の夕刻、用事を済ませるために名張駅前東口を通りかかりました。その時間帯は、会社帰りや学校帰りの人のために、ご家族の方が自家用車で迎えに来るピークの時間帯だったようで、駅前は渋滞になっていました。目的の電車待ちの駐車車両や、通り過ぎる車、路線バス、歩行者や自転車などで、その様子は一直線に並ぶ大都市の渋滞とはまた違って、あらゆる方向からあらゆるものが行き交うという、ほぼ無法地帯の様相を描いていました。その時は「こんなんでよく事故が起きないものだ」と感心しながら通過しましたが、実際に調査したわけではないですが、おそらく事故は多発しているのでしょう。その名張駅前は市民の方々が利用しやすく又、都市計画に基づいて名張の玄関口としてロータリーや緑地、バス停なども整備されている筈なのに、どうしてこのような「無法地帯」が、時間帯によって出来てしまうのでしょうか?
 私たちが納税した税金を使って整備をされているこういった公共工事には、何年も前の計画段階には十分に機能するキャパシティーを持っていても、実際に事業化され完成する頃には現在のニーズに合わないものも見受けられます。それらを事業化させる行政というものは、民間人としての感性や思考しかなく、その仕組みが分からない私にとっては、非常に理解し難いものです。
 今まで私は、その時に公共の事業などについて前述のような疑問を持ったところで、その後は殆ど関心がなくなり、いつの間にか忘れていました。しかし昨年9月に 名張市 は、財政非常時事態宣言を行いました。そうなると私達は、今までのようにすべて行政任せで行ってきた事柄を、今行われようとしている公共の事業や政策が、現在の状況下で本当に必要なのか、それよりもっとやらなければならない事は無いのだろうか、その事業は将来的なニーズにも十分対応できるのだろうか等をしっかりと見据えて意見しなければいけない状況になってきています。更に 名張市は、自主的な地域運営や住民の積極的なまちづくりへの参加などを目的とした、日本でもほぼ初めての試みと思われる(仮)ゆめづくり地域予算制度を創設しました。それは自分たちの街を自分たちで運営していくという「感覚」を養っていこうということではないかと思います。
 そんなことを考えていたら正直な気持ちとして、こう思いました。「今まで行政が責任を持って運営してきた結果として、今のような状況を招いたのではないか。それをこんな状況になったからといって市民にツケを回すのはおかしいのではないのか。」と。
 しかし、同時に「その運営を見て見ぬ振りや、興味を示さずに意見しなかった私たち住民も悪かったのではないか。」とも。 まあ、なってしまったものは仕方がないと考えて、今まで行政に対しあまり興味を示さなかった分、この際よく考えてみようと思います・・・・・。

呼ばれ方

 先日、私宛に届いたある封書を見ていて少し考えることがありました。その封書は、日本のある会社から届いた封書だったのですが、その会社の住所が英字で記載されていました。英字で、しかも日本式の住所の表示とまったく逆に、地番から始まり最終的に「 JAPAN] と記載されていました。それを何気なく見ていたら、今まであまり気にしていなかった「逆の表示」がすごく気になりだしました。
 私自身は、生まれも育ちも「JAPAN 」の為、まず都道府県の表示から始まり市区町村、そして町名、地番と、大きなところから小さなところへ絞っていく日本の表示方法に馴染んでいて、それが非常に合理的に感じています。しかし国際的な英字の記載は、逆に小さなところから大きなところへ移行する為、逆から読んでいかないと分からない非常に不合理な表示に思えました。国際的には日本の表示とは逆の表示が常識となっていますが、慣れればそれが見やすいのでしょうか。
 そんな、慣れるとか、慣れないとかを考えていましたら、別々の二人の女性から聞いた、全く同じ言葉を思い出しました。それは、「結婚し、子供ができ、子供が学校へ行くようになってからの私の呼ばれ方は“○○ちゃんのお母さん”とか“○○さんの奥さん”とか、常に○○という人物の枕詞がつく呼ばれ方を、当たり前のように慣れ親しんでいました。でも結婚する以前は“○○さん”と自分自身の名前で呼ばれることが当たり前だったのに、何の不自然さも感じてはいなかったのです。それが最近、パートに出てみて○○という人物とは関係なくストレートに自分自身の名前を呼んでもらえるようになって、なんか自分自身を取り戻したというか、今までの自分は何だったのかというか、複雑な、でも嬉しいような新鮮な気持ちになれました。」という言葉です。
 慣れ親しむと何とも思わず何の疑問も抱かない事が、少し違う観点や状況下では「なんかオカシイぞ」と思うことが多くあるんだと思います。常にあまり人が考えないことに疑問を抱き、「これは何故こうなるのか」「何故こうしか出来ないのか」と考えていれば、新しい発想や思考が生まれてくるのではないのでしょうか。

 ごく最近までセワシナイ日々を送っていた私は、毎年欠かさず行っていた年中行儀の一つの「花見」というイベントを、とうとう一度も行わずにその季節を見送ってしまいましたが、皆様は楽しまれましたでしょうか? 
 「多忙」というと、日本人の感覚からすれば聞こえはいいものですが、例えば家族との時間や、趣味の時間などのプライベートの時間を全く持てないほどの「多忙」は、一時的な期間であれば救われますが、継続的かつ日常的な「多忙」はやはり避けたいものと誰もが思うはずです。しかし私を含め多くの方々は、現実的にこの不況下でそんな悠長なことも言ってられず、日々の生活をしていくために、必死でがんばっている方も多いことと思います。そんな生活をしている中で、ふと感じたことがありました。
 私達夫婦は、13年前からトイプードルの「うめ吉」と、更にその3年後のクリスマスにマルチーズの「まつ吉」と一緒に暮らし始めました。暮らし始めてはじめて感じましたが、それこそまさに「家族」の存在で、犬と一緒に暮らしている人なら分かっていただけると思いますが、一緒の布団で毎日寝るのが当たり前の状態です。そんな中、毎日多忙に過ごす日々は、肉体的にも、精神的にも疲れ果てていますが、どれだけ遅い深夜に帰宅した時でも、何物にも代えがたい喜びの表現で迎えてくれる「家族」はその日の疲れが全部吹き飛ぶくらいに心が癒されます。この「家族」は何故こんなに無条件に愛情を表現できるのか、何故こんなに無条件に喜びを表現できるのか不思議です。なぜなら自分からはこれだけの表現は誰に対しても出来ないだろうと思うからです。しかし逆にこれだけ表現されれば、自分としても無条件に愛情を表現したいと感じるものです。これは、人付き合いしていく中で非常に参考になる行動ではないかと思えます。ただ、この「家族」のように徹底して行うことが出来るならまだしも、人間にはここまで徹底して行うことは出来ませんし、徹底しないと逆に相手の人に思いあがられる事になるので注意は必要だと思います。
 しかし、そんな愛情を注ぎながら、いや逆に注いでもらっていても現実的にはどう考えても「犬」です。人間に病気や事故がない限り、「犬」の寿命が短いのが当たり前です。もしものことがあったら、と考えたくはないのですが、その日は来てしまうことでしょう・・・・。

いまどきの大人

 私が学生の頃、大人に「いまどきの子は…」とか「最近の子は…」などとよく言われたものでした。しかし最近私の友人と話をしていると、昔にそう言われていたヤツらが「今の奴等は」と言っています。
 いつの時代も大人たちは、自分の過ごしてきた時代背景や、環境が違う若者を見るとどうしてもそういう言葉を発したくなるのでしょう。
また、学生の頃に「まだまだ若いな」と言われた時は、「こんな大人にはなりたくない」と強く思い、その言葉に反発したものですが、成人したての頃に「まだまだ若いな」と言われた時は「おお!こんな大人になりたい」と逆に憧れたことを思い出します。そのとき感じた「大人」の像は①すぐ感情的にならない ②大きな心で人を包み込む ③人生経験が豊富 など、到底その当時の自分にはないものばかりでした。「大人」とは読んで字の如く「大きな人」で、自分はそれを目標にしようと努力したものでした。
 そんな中、その当時から比べると少しだけ社会経験も積み、人との関わり合いも経験し、少し社会というものが見えてきた今、世間で言われている「大人」の定義の一部は少し違うのではないかと思うようになってきました。
 例えば、すぐ感情的になってしまう人に対し「おとな気ない」と言い、それを抑えられる人を「大人ですな」と言います。それは取り方を変えてみれば、物事に対する情熱が薄れているとも言えますし、争う必要のある時に争えなくなっているとも言えます。しかし、全面的に「大人の定義」を否定しているわけではありません。「大人」という世間に認められた枠の中の、ある一部の隠れ蓑を使って、意見を言うべき時に言わず、感情的にならなければならないときに、自分を押し殺している場合があるのではないのかと思うようになりました。
 そう考えると、今の自分より学生時代の自分のほうが人間的に魅力があったのではとも思えますし、「いまどきの大人」より「いまどきの子供」のほうが人間的に魅力的だと考えるほうがいいのかもしれないと思うようになりました。
 しかし、当然のことではありますが、本来の意味での「大人」はすごく魅力的です。その魅力的な「大人」に成るべく努力していこうと思う今日この頃です・・・。

自由とは?

 つい先日、友人達と話をしている中で、「自由って一体なんだろう?」と、尾崎豊の歌詞に出てきそうな台詞が話題になりました。その中で「自由の定義」って何だろうかということになり、具体的に話をしてみました。
 「やりたいことをやりたいようにする」というのが、何気なく思っている「自由」であることは相違のない見解でしたが、少し考えれば、何でもかんでもやりたいことをやってしまうと、他人に迷惑を掛けてしまうことや、もっと極端に言うと犯罪になったりすることもあります。そう考えると「自由って一体なんだろう?」と逆戻りしてしまい、訳が分からなくなってきます。しかし後日、そのことについて整理して考えてみましたら、「他人に迷惑をかけない範囲」で「やりたいことをやる」ことは「自由」として成り立つことは分かりました。
 そんなことを考えていましたら、過去にあったある出来事を思い出しました。それは私が小学生だった頃の図画工作の時間の出来事でした。先生は生徒全員に「それでは皆さん、描くものは何でもいいですから自由に描いてください」と画板と画用紙を配られました。そのとき私は、「自由に」と言われたので、小学生が普通描かないようなものを題材にしてやろうと必死に探していました。その時です。私の友人の描いている絵は、なんと画用紙からはみ出し、画板全体が一つの絵になっていました。それこそ「自由」に絵を描いていました。それを知ったクラスの皆は友人を笑いものにし、私も笑い飛ばしました。
しかしそれは、先生の言った「自由」が、友人以外の私たちの中では「与えられた既成概念の中での自由」であり、彼の中ではそれを取り払った「自由」であったんだなと、今になりようやく分かりました。
 今まで私は、他人より自由な発想が結構できるほうだと思っていましたが、その事件を思い出した後は、今までの自分を振り返り、思った以上に「自由」な発想ができていないなと、つくづく痛感しました。

有言実行

 先日の事です。今まで私は、何かをやり遂げられた時や、逆にやり遂げられなかった時に、「よくやった」という言葉を言えるのは、その努力などを行った本人ではなく、周囲の人達が言う言葉だと思っていました。いくら本人が、寝る暇を惜しんでまで努力したと思っていても、それは自己評価であり、且つ自己基準でしかなく、周囲の人たちがそれを認めなければ「よくやった」事にはならないだろうとも思っていました。逆の例として、もっと極端な言い方をすれば、本人が「もう少し頑張ったほうが良かったな」と思っていても、周囲の人たちが「よくやった」と言えば、本人としてはそんなに努力したつもりは無くても「よくやった」事になるんだろうとも思っていました。
 そんな中、私自身の仕事とは別の所で行っている活動の中で、周囲の人たちから「よくやっている」という言葉をかけられて、私自身単純な生物なものですから、そういう風に言われると簡単に勘違いしてしまい、自分でも気づかない内に気が緩んでいたようでした。世の中うまく出来ているもので、それがある節目に今までの気の緩みの代償が一気に噴き出して、周りの方に迷惑をかけてしまいました。
 その日は非常に落ち込み、そして自分自身の弱さを痛感しました。それは、自分自身が物事を完全に、また間違いなくこなせる能力があると思っていたわけではなく、自分自身がどれだけやれるだけの事をやったか、という自問で「やってなかった」と答えが出たからでした。
 この日はその後、以前勤めていた会社の同僚二人が、出張で大阪へ来るというので一年ぶりに会いました。仲間と一緒に一つの目標に向かって我武者羅に仕事をしていた頃の話で花が咲き、そこで私がその会社にいる時に、信条としていた言葉が話題になりました。それは「有言実行」です。四文字熟語で「不言実行」というものがありますが、私はそれが出来る人は、強い意志を持っている人だと思います。自分のような弱い人間は、周りの人に「あれをやってみせる」とか「こうしてみせる」とか言いふらす事によって自分を追い込まないと、中々達成出来ないのがわかっているので、それを信条としていました。サボりたい自分がいます。楽なほうに流れていく自分がいます。その自分をいかに動かす事が出来るか、そんな自分といかにうまく付き合っていくか、そんな事を考えると他人を動かす事より、自分自身を動かすことのほうが非常に難しいことだと思っていたからでした。
 再度その時の心を思い出し、「さあ、あしたからも頑張るぞー」とこれをお読みいただいている皆様へ「有言実行」を行いたいと思います。

感性とセンス

 「同情するなら金をくれ!」これは10数年前に放映され皆様もよくご存知のテレビドラマ「家なき子」の名台詞です。このドラマが放映される前は、テレビの世界では中々こういった生々しいセリフは言われなかったものですが、このセリフを聞いた時は軽い衝撃とともに、逆に新鮮さを感じたものでした。
 この他に、私自身の記憶に残っているもので、トヨタ クラウンのCM で「いつかはクラウン」というコピーがありました。セルシオやシーマというバルブが生んだ最高級車がまだ存在しない時代に、当時のトヨタのフラッグシップであるクラウンは、私のような一般庶民の最終目標であり、また金持ちの象徴でもありました。その大きな存在であり、憧れである「クラウン」という車を、あの一言ですべてを表現できたことが私にとってはすごく衝撃的で「そうそう、そんな感じ!」と一人で感心していました。
 コピーといえば、糸井重里さんを私は思い出すのですが、話題になったものといえば、西武セゾングループの「おいしい生活」や、カネボウの「君にクラクラ」などがあります。しかし仕事とはいえ、人の心に感動や共感を与える文章を、あの短さで表現するということは、非常に柔軟な思考や感性やセンスがなければ成しえないことでしょう。
 そう考えますと感性やセンスなどは、持って生まれたか、後に磨いたか、は別として、人に共感や感動を与えるためには必要不可欠なもののように思えてきます。ただ、
「努力などでも共感や感動を与えることはできるじゃないか」という意見もあるとは思いますが、その「努力」ができる人は、「努力ができる」センスや感性が備わっているために感動が与えられるのではないかと私は思っています。それは、芸術の世界はもちろんのこと、スポーツの世界や、もっと身近なところでは、家庭や会社の中でも当てはまるように思います。
 最近、「自分の存在が認められたい」とか「人に尊敬される人になりたい」と焦って空回りする前に、ちゃんとしたセンスや感性を磨くことを先に実行していかなければいけないんだぞ・・・・と自戒しながら焦っている自分がいる今日この頃です。