KKドラフト会議

 前回書かせていただいたドミニカ共和国の野球の原点を取材した番組の中で桑田真澄さんは、プロ野球選手になれたのは、技術的には父のスパルタ教育のおかげではあるが、精神的に支えてくれた母がいなければ今の自分は無かったと言っていました。そんな桑田さんは、後で問題になった甲子園に出場する投手の多くが無理な連投をしている(高校生で選手生命が終わるほどの身体の酷使)中で、自分は何としてもプロになる為に、高校生で潰れるわけにいかない。ここで潰れたらお母さんに家を買ってあげることが出来ないので、練習量を減らす直談判を監督にしたらしいのです。普通の高校生であれば、彼のように1年生の春の大会から3年生の夏の大会まで、出場可能な甲子園大会へ全て出場した場合、それ自体で満足したり、ここで完全燃焼(体を潰す)してもおかしくないところを彼は、プロになる=母に家を買う という一心で主張をし、プロに入って家を買いました。
 また、桑田さんはメジャーリーグ引退後も、毎日欠かさずトレーニングをしていました。理由はKKドラフト事件でプロ入団以来確執が続いている清原和博さんが、体を故障させながらも未だ現役を続けているので、そのバッティングピッチャーをすることが今の夢と描いたからです。しかし、彼が望んでくれるかどうかは分からない。でももしその機会が与えられたなら、彼に失礼のないよう現役に近い球威で望みたいからとの思いでいた2008年7月28日、それはスカイマークスタジアムで実現します。
 これらで私は確信しました。人は心から強く思えば、またその願いが強ければ強いほど、人はその願いに向けて実現する方向に動いていくものだと。夢が実現するかしないかは、その思いが強いか弱いか、継続するか継続しないかだけで、全ての願いは、決して諦めない限り必ず叶うものであるということを・・・。