梅雨

 今年も梅雨の時期に入り、鬱陶しい日々が続いています。こんな時期は早く過ぎてもらいたいものだと、私を含めてほとんどの方はお思いでしょう。よく言われることですが、こんな時期に車の洗車をするのはとても難しく、「今日は洗おう」と思った次の日には必ず雨が降るものです。
 よく考えてみると、この梅雨の時期に洗車するということは、
「雨が降る」→「車が汚れる」→「また降るかもしれないのでそのままにする」→「何日か降らない」→「洗車する」→「雨が降る」 と雨の降る直前の周期にあわせて洗車しているからどうしても「洗車したら雨が降る」ことになるのでしょう。
 こんな春夏秋冬のある日本の四季は、梅雨が来れば鬱陶しく、夏が来れば暑さに嫌気がさし、冬が来れば寒さに凍え、とその時期にはとても嫌なものですが、その嫌な時期の間には緩衝材としての春・秋がありそれらの嫌な時期を忘れさせてくれます。
 よく言われることですが、世界を見渡してみると、そんな四季を享受できない民族が大半を占めている中、日本という国の民族はすごく恵まれているとも言えます。しかし逆に考えて乱暴な言い方をすれば、赤道近くに暮らしている人々や、極点近くに暮らしている人々は、服装や住居、食事の管理等を一つの気候に対応するだけでよく、日本の人々は季節ごとにその季節に合った要らぬ準備を強いられているともいえます。
 「隣の芝は青く見える」とはよく言ったもので、人はどうしても自分の置かれている立場や状況を他人より悪く思いたい様で、他人のいろんなことが羨ましく思えます。よく「お宅のご主人はよく家事を手伝ってくださってよろしいですね。うちの亭主は何にもやってくれないんですよ。もうゴミ同然ですわ。」等と井戸端で話されていることがありますが、恐らくどのご家庭でも多少の違いはあっても、それこそ「ドングリの背比べ」で良いところもあれば、悪いところもあるのではないかと思います。
 そうは言っても諦めてしまうと、そこからの進歩や進展は望めなくなるので、「より上」を目指すことは非常に重要なことであるとは思います。
強いて言うとするなら「文句は最小限に、努力は最大限に」ですか・・・。